Knowledge ホテルマネジメントの
教科書

Vol.116|日本のホテルだけ、なぜかしないこと

先週(7月11日)、4泊5日でインドネシア・バリ島を旅しました。サヌールとチャンディダサで1泊ずつ、ウブドで2泊しました。街中のレストランも利用しましたが、バリではどこに行っても「お元気ですか。どこから来られたのですか?」といった声掛けをしてくれます。まるでそれがデフォルトのように。そこから会話が始まり、お互いのことを知る。それが有益な情報になり、そんな触れ合いが旅の素敵な思い出になっていく。こうしたコミュニケーションは、バリに限らずアジア全般、どこのホテルでも同じ。欧米でも普通にあります。

ところが、日本のホテルや旅館では、こんな会話を楽しめる機会は極めて少ない。「なぜ、お客さんに関心を寄せ、声をかけ、質問をすることをしないのか」。もうかれこれ5年以上、私はこの疑問を抱いています。日本でもこういう会話を楽しめれば、ホテルの滞在がもっと楽しくなるし、スタッフだってもっと仕事を楽しめるのにと思います。

「疑問」と書きましたが、私のなかでは「おそらくそういう理由だろう」という解は出ています。その理由の一つは、「接客スタッフとお客さんの間に上下関係がある」からです。無意識に目上の人に馴れ馴れしく声を掛けてはいけないと感じているのです。日本では、接客提供サイドにも、接客を受けるお客さんサイドにも、無意識に「客の方が、立場が上」という認識があります。「お客様は神様です」という三波春夫の名言(迷言?)が、誤解されたまま日本中に広まったせいか、「金を払っている方が偉い」といった暗黙の認識がある。「サービスという価値」と「対価としての金銭」という等価交換をしている対等関係にもかかわらず…。だから、サービススタッフは「余計なことを訊かないで、黙って言われたことを淡々とこなす」という無難な行動しかしなくなるのではないでしょうか。

こんな話を以前耳にしました。ある宿泊特化型ホテルの夜勤。泥酔した宿泊客がフロントスタッフを愚弄したそうです。そのスタッフに落ち度はなかったのに「お前なんて、そこに立っている資格ねえ!」とか酔っぱらった勢いで罵倒し続けた。で、普段おとなしいその男性スタッフも、しまいにブチ切れて言い返してしまった。そして炎上。マネジャーが来て謝った。後日、マネジャーは男性スタッフに「あなたの行ったこと(同じレベルで言い返してしまったこと)はプロとしては許されないけれど、気持ちはわかる」と注意した、こういう話です。

私はこの話を聴いて、どうにも疑問が残ってしまいました。ここで我慢することは美徳なのだろうか、我慢することがプロフェッショナルな対応のだろうか、と。むしろ、「愚弄されても言い返すのを我慢するのがプロ」という価値観があるから人が集まりにくい業界になってしまったのではないかと。もし私がマネジャーだったら、上記のような宿泊客がいたら「すいませんが、スタッフを上から目線で馬鹿にする人はうちのお客さんではないので、お帰り下さい」と、さっさとお引き取り願うと思います。こんなカスハラエピソードも、「金を払っている方が偉い」といった暗黙の認識があるから発生するのです。

欧米では、サービス業は社会的地位が低い仕事でもなく、見下される仕事でもありません。プライド持ってみなさん楽しそうに働いています。3年前に旅したポルトガルでは、常連ゲストをスタッフが握手で迎えるシーンを何度も観ました。シンガポールやタイ、カンボジア、フィリピンといったアジア諸国でも同様です。

弊社のミッションは「ホテリエである自分を誇れ、人生を愛せる業界へ」です。希望を抱いてこの業界に入ってくれた人が幻滅して途中で辞めてしまう業界ではなく、豊かな人生を送りながらホテリエという仕事を楽しめる、そんな業界にしていきたいと本気で思っています。プライドを持って楽しそうに働いている欧米豪アジアのホテルの共通点は、「お客さんとサービススタッフが上下関係になっていない」ことです。ただし、これはサービス提供サイドだけの課題ではなく、消費者・利用者にも認識してもらう必要があります。そのためには、「金を払っている方が、立場が上」と勘違いしている人、別の言い方で表現するならば「好きになれない相手」ですが、そういうお客は切り捨てるという覚悟も必要だと思っています。

ホスピタリティは、対等関係の上で成立するものです。ホスピタリティの定義はいろいろありますが、「相手以上に相手のことを考える」とするならば、「好きになれない相手」には、ホスピタリティの発揮の難易度はかなり上がります。ですので、好きになれないお客さんを大事にすることを止めませんか。マネジャーが、自分がしたくてするのは咎めませんが、それを部下や後輩に強いるのは止めましょう。それが、誇りを抱けない原因になるし、この業界の不人気につながりますから。

好きになれない相手は相手にしない覚悟を持つことが大事。私はこう思います。

執筆者
近藤 寛和 (こんどう ひろかず)

塾長